大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和44年(ワ)8373号 判決 1971年10月29日

原告 丹野雄二郎

右訴訟代理人弁護士 高野長幸

被告 川人献三

右訴訟代理人弁護士 高木正也

同 秋山秀男

被告 株式会社日本中央計理協会

右代表者代表取締役 讃良龍

右訴訟代理人弁護士 松本光郎

被告 高松脩隆

右訴訟代理人弁護士 中村嘉兵衛

同 内野稠

主文

1  別紙物件目録記載の各土地が原告の所有に属することを確認する。

2  原告に対し

被告川人献三は、別紙物件目録記載の各土地につき別紙登記目録(一)ないし(三)の各(1)記載の各所有権移転登記、

被告株式会社日本中央計理協会は同物件目録記載の各土地につき同登記目録(一)ないし(三)の各(2)記載の各所有権移転登記、

被告高松脩隆は、同物件目録記載の各土地につき同登記目録(一)ないし(三)の各(3)記載の各所有権移転登記、

の各抹消登記手続をせよ。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一  原告訴訟代理人は、「別紙物件目録記載(一)(二)(三)の各土地につき原告が所有権を有することを確認する。被告川人献三は原告に対し別紙物件目録記載(一)(二)(三)の各土地につき、別紙登記目録記載(一)(二)(三)の各(1)の登記の、被告株式会社日本中央計理協会は原告に対し別紙物件目録記載(一)(二)(三)の各土地につき、別紙登記目録記載(一)(二)(三)の各(2)の登記の、被告高松脩隆は原告に対し別紙物件目録記載(一)(二)(三)の各土地につき、別紙登記目録記載(一)(二)(三)の各(3)の登記の各抹消手続をせよ。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決を求め(た。)≪以下事実省略≫

理由

一  まず原告の被告川人献三に対する請求について判断する。

(一)  昭和四二年六月三〇日原告が被告川人に対し本件土地を代金八〇〇万円で売り渡すこととし、別紙登記目録記載(一)(二)(三)の各(1)掲記の登記が経由されたこと(以下、右売買を第一の売買という)は、当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、昭和四二年六月三〇日締結された前記売買契約上の買主名義は同被告が実質的に支配する有限会社青梅商事(代表取締役は名義上金田照雄)の名義をもってなされ被告川人は買主の連帯保証人となり、右売買代金八〇〇万円のうち五〇万円は同日現金で支払われたが、残金中金三五〇万円は、本件不動産につき設定されていた抵当権者株式会社第一相互銀行に対する債務(元金一〇〇万円)および抵当権者中ノ郷信用組合に対する債務(元金二五〇万円)を引受けるにより支払に充当し、その残金四〇〇万円の支払のため支払期日同年九月末日から同年一二月末日にわたる右青梅商事振出、被告川人の手形保証した約束手形合計七通を交付することとして同日右約束手形が交付され、かつこれと引換えに同被告に対する前記所有権移転登記がなされたこと、ところが、被告川人は本件売買契約締結の前日の同年六月二九日右約束手形の支払担当者の埼玉銀行志村支店から当座取引を解約されており、同被告はかような事実を隠して右各約束手形を原告に交付していたのでありかつ右売買に際し右残金四〇〇万円の支払債務の担保として原告に対し抵当権の設定を承諾した訴外日本農林企業株式会社所有名義の豊島区池袋七丁目二〇八九番一所在家屋番号二〇八九番一の共同住宅事務所、付属建物仕切場、同工場共同住宅各一棟は抵当権設定後の処分の不能のものであるか、または既に抵当権の設定のあるため担保価値のなきに等しい不動産であり、被告川人は本件売買契約締結のころには信用も資力も持っていなかったこと、そうして前記名義上の買主の青梅商事の信用並びに資産状態も同様であって代表取締役として登記簿に表示されている前記金山照雄自身も代表者となっていることを知らず、実体の存しない会社であること、以上の事実が認定でき(る。)≪証拠判断省略≫

(二)  右認定事実にもとづけば、被告川人は支払ずみの金五〇万円を除きその残金の支払能力が皆無であるのにこれがあるものとして原告をあざむきその旨誤信させたうえ本件売買契約を締結せしめたものと認めることができ、本件第一の売買契約の締結は被告川人の詐欺によるものというべきである。

そうして、昭和四二年七月一一日、到達の内容証明郵便をもって、原告が被告川人に対し、本件売買契約を取り消す旨の意思表示をしたことは右当事者間に争いがない。従って本件土地の売買契約は右取消により当初から存在しなかったこととなることが明らかである。

二  被告協会に対する請求について。

(一)  ≪証拠省略≫をあわせれば、昭和四二年六月三〇日原告と被告川人間において本件土地につき前記売買契約の締結されたのと同日に被告協会が被告川人から本件土地を代金一〇五〇万円、本件土地についての負担たる前掲第一相互銀行並びに中ノ郷信用組合に対する抵当債務元金合計三五〇万円およびこれに附帯する遅滞利息合計金三五万円(概算)は買主の負担とし、代金の支払からこれを控除する旨の約定で買受ける旨の売買契約(以下第二の売買という)が締結され、ついで同年七月三日右代金額を金七〇〇万円に減額する旨の合意が右当事者間に成立したことが認められ、右認定を妨げるに足りる証拠はなく、本件土地につき被告川人から被告協会に対し別紙登記目録(一)ないし(三)の各(2)掲記の登記が経由されたことは、右当事者間い争いがない。

(二)  右売買につき被告協会が前記一掲記の第一の売買における被告川人の本件土地買受に関する事情を知らず、善意の買主であったか否かにつき考えるに、被告協会は前記のように第一の売買が締結された日と同日に被告川人との間で本件土地の売買契約を締結し、しかもその売買代金は当初金一〇五〇万円としながら右売買契約の締結後数日を出ずして第一の売買代金額を下廻る金額の金七〇〇万円に減額されたことは前掲(一)の認定事実を通じて明らかである。もっとも右売買代金の減額につき証人高松栄次郎、被告川人本人らは、本件土地の面積が登記簿記載の面積の合計面積と比較して約四〇坪不足していたことにより協議のうえ減額した旨を述べ、≪証拠省略≫に右各供述をあわせれば、右面積の不足の減額はともかくとして隣接地との境界に争いがあり面積に不足の生ずる事態も有りえたことが認定できるが、そうであるとしても売買面積の不足が確定していたわけでないのであって、これに代金額が売買直後に減額されているという事情によれば第一の売買代金を下廻る第二の売買代金の減額は不動産取引の通例に照らして不合理な減額といわなければならない。

しかして、≪証拠省略≫をあわせれば、被告協会は代表取締役は讃良龍とされているが、実質的には被告高松脩隆の実父の高松栄次郎の主宰する会社であって、同人がこれを事実上支配し、取締役の一人である高松博は右栄次郎の妻、本件第二の売買契約の立会人として契約書に連署している高松吉典は栄次郎の長男という関係にあり、栄次郎と被告川人とは同被告が花村四郎法務大臣の秘書をしていたころ花村の紹介で知りあった旧知の間柄、右吉典は同被告の友人で同人と親しく交際していたこと、本件第一、第二の各売買契約の締結される日の前日本件第一の売買の準備のため売主側として原告および原告の依頼を受けた不動産取引業者の森清治らが鎌倉に赴き売買条件について被告川人と折衝した際同被告の要請により鎌倉市内の高松栄次郎の居宅(被告高松脩隆の肩書住所地)に被告川人と同道して栄次郎と面接し、同被告は栄次郎を同被告と共同で事業している者として紹介していたこと、以上の事実が認められ(る。)

≪証拠判断省略≫

次に、本件第二の売買代金の支払状況について検討するに、売買代金七〇〇万円のうち前記抵当債務分の元金三五〇万円およびこれに附帯する利息は後記第三の売買のなされた結果結局被告協会において弁済することなく終ったことが明らかであり、その残額については、証人高松栄次郎並びに被告川人本人は半額は手形または小切手で、半額は現金で被告川人に支払われたと供述するけれども仮に右手形または小切手が振出されたものとしてもその決済がなされたことを裏付けるに足りる客観的証拠資料はなにも存しないので、この点に関する証人高松の証言は直ちに信用することができず、現金の支払分について被告川人の供述のとおりであるとしてもたかだか金一〇〇万円ないし金一五〇万円にすぎない。従って右売買代金のうち被告協会若しくは高松栄次郎が現実に出捐したのは右金額にとどまると認めるほかない。

以上認定の諸事実に≪証拠省略≫をあわせれば、被告協会の事実上の主宰者である高松栄次郎は転売の目的で本件土地につき第二の売買契約を締結し、その前提として被告川人が原告との間で第一の売買契約の締結に至らしめたものと認められ、右栄次郎において被告川人が本件第一の売買契約締結当時資力並びに信用ともにほとんど無く、第一の売買代金の支払不能に陥るべきことを認識し、または少なくともこれを予測していたものであろうと疑うに十分である。

証人高松栄次郎の証言によれば、被告川人が本件土地を確実に取得したものと信じ、第二の売買契約の締結につきなんらの不安も抱かなかったというのであるが、右認定の諸事情に照らせば、右証言に信用を置くことができず、その他に被告協会若しくはその主宰者たる右栄次郎が第一の売買契約の締結につき被告川人に存した前記認定の事情をまったく知らず善意の買主であったことを認めるべき証拠はなにひとつ存在しない。

かようなわけであるから本件第二の売買が真実になされたものであるとしても原告は第一の売買契約の詐欺による取消をもって被告協会に対抗し得、被告協会は原告に対し同被告に対する前掲所有権移転登記を抹消すべき義務がある。

三  被告高松脩隆に対する請求について。

(一)  ≪証拠省略≫によれば、昭和四二年九月二五日被告協会が被告高松に対し本件土地を代金七〇〇万円(本件第二の売買代金と同額)で売渡す、前掲相互銀行並びに信用組合に対する抵当債務の元金並びに遅滞利息合計金三八五万円は買主の被告高松が引受け、その支払により同額分を右代金の支払に充当する旨の売買契約(以下本件第三の売買契約という)が締結されたことが認められ、被告協会から被告高松に対し同年一〇月三日別紙登記目録(一)ないし(三)の各(三)掲記の各所有権移転登記が経由されたことは右当事者間に争いがない。

(二)  民法第九六条第三項にいわゆる第三者とは同条第一項にもとづく取消前に既に利害関係を有した第三者に限定され取消以後に始めて利害関係を有するに至った第三者は利害関係発生の当時詐欺および取消の事実を知らなかったとしても右条項の適用を受けないのであるが、取消権者が取消の結果生じた物権の変動(本件においては所有権の復帰)をもって取消以後に利害関係を有するに至った第三者に対抗するには民法第一七七条により右物権変動の登記を経由することを要すると解すべきところ弁論の全趣旨によれば原告に対し前記詐欺による第一の売買の取消にもとづき生じた所有権移転の登記がなされず、かえって被告協会を経て被告高松に対し所有権移転登記がなされたことを認めることができる。

(三)  従って被告協会と被告高松間の本件第三の売買が真実のものであるとすれば、原告は取消の結果の本件土地所有権の復帰を被告高松に対抗しえないすじあいであるが、この点につき原告は右第三の売買は架空のものであると主張するので判断するに、上掲乙第四号証(第三の売買契約書)の記載によれば、第三の売買代金のうち前記相互銀行並びに信用組合に対する抵当債務を除いた残金三一五万円の支払がなされ、被告協会はこれを受領した旨の記載があるが、第二の売買において被告協会が被告川人に対し現金で支払をした金額が金一〇〇万円ないし金一五〇万円にとどまると認められること、前記二の(二)認定のとおりであって、これに照らせば乙第四号証の右金員領収の旨の記載を直ちに信用することができない。しかして、≪証拠省略≫によれば、被告協会が被告高松に本件土地を売渡したのは、第二の売買代金額が本件土地の客観的価値に比して不当に高額であったことが判明し、被告協会の資金からこれを支出していたため被告協会の損害を回避するため第三の売買契約を締結し、これを引取ったというのであるが、第二の売買における買主の出捐(ただし現金分)とみるべき金額は前記金額にとどまるのであり、他方右抵当債務分の支払があったのは(ただし、その支払も元金並びに延滞利息の金額に満たない)はるか後の昭和四四年四月二三日と同月二四日のことであって、第三の売買契約締結時までにその支払がなされていたわけでないことが、≪証拠省略≫に徴して明らかであるから第三の売買契約締結時までにおいて被告協会の資金から金員の支出があったとしても右掲記の金一〇〇万円ないし一五〇万円程度にすぎず、≪証拠省略≫はこれをそのまま採用することができない。

そうして、≪証拠省略≫に徴すれば被告高松脩隆に対する本件第三の売買契約の締結を企図したのは高松栄次郎自身であることがうかがうに足りるところ同人は被告協会の事実上の主宰者であり、かつ被告脩隆の実父であって、脩隆は栄次郎の同居の家族の一員であることは前記二の(二)認定のとおりであり、その他前記二の(二)認定の諸事情を綜合すれば、第三の売買契約は単に本件土地の所有名義を被告協会から被告脩隆に移転する手段として高松栄次郎の意思にもとづき外形上締結されたものであるにすぎず、その実体は存在しないと認めるのが相当である。

従って、第三の売買は被告協会と被告高松脩隆らの通謀による虚偽表示にもとづくものというべく、民法第九四条第一項により右売買は無効である。

(四)  そうすると、第三の売買において買主の被告高松につき民法第一七七条の適用がないから原告は前記取消による本件土地の所有権移転につき登記なくして被告高松に対抗することができ同被告は原告に対し同被告のための前記所有権移転登記の抹消登記をなすべき義務がある。

四  以上説示のとおり本件土地が原告の所有に属し、被告らはそれぞれ原告に対し本件土地につきなされた被告らのための前掲各所有権移転登記の抹消登記義務があり、原告の本訴各請求はいずれもその理由がある。よって、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 間中彦次)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例